健 康
・経絡体操
経絡体操によって気の流れを整えると、身体が健康になり、体質を改善して病気を防ぐだけでなく、心が安定してストレスが解消し精神集中がしやすくなるために、日々の仕事もまた瞑想行にも大きな効果を上げることができます。特に高年齢、虚弱体質、心身不安定な方々に実習していただき、大きな効果を上げています。
経絡体操はAMI(経絡・臓器測定器)測定をはじめ、各種の研究成果を用いてIARP本部、根府川道場、各支部において実習指導されています。
経絡体操法について解説(IARP会長インタビュー記事)
・ヨーガ
「現代社会と瞑想ヨーガ」本山博著 P2〜P7より
◎ヨーガの目的
誤解されてきたヨーガの目的
ヨーガははるか昔にインドで始まって世界中に広まったものですが、とくに盛んになったのは二十〜三十年前のこと。アメリカやヨーロッパからインドに渡り、ヨーガのグルー(導師)について修行した少数の人々が、その行法を持ち帰ってからのことでした。
当時、欧米各国の人々の間で盛んになったのは、ハタヨーガでした。現在、ヨーガといえばポーズ(アーサナ)や呼吸法のことだと思っている人が多いようですが、ヨーガに対するこうした誤った観念が出来上がったのは、ヨーガに対する強い興味を最初に持ったのがアングロサクソン系の人々であったことと深い関わりを持っています。このことが、インドでヨーガが始まった理由、つまりヨーガの本当の目的が正しく伝えられなかった原因の一つにもなっています。
ヨーガは、あとでくわしくお話するようにアーサナや呼吸法、それに瞑想など八つの段階の行法から成り立っている総合的な修行の体系です。したがって、瞑想ヨーガというものが実際にあるわけではありません。八つの行法のうち、最終段階にある三つの行法をとりあげて強調した、いわば便宜的な表現です。もっと言えば、これまで肉体の鍛練だと誤解されてきたヨーガの目的が、実は違ったところにあることを強調するためにつくられた表現だということもできるでしょさて、最初に欧米各国で盛んになったハタヨーガは、ヨーガの八つの行法のなかで肉体の鍛練につながるアーサナや呼吸法を中心に組み立てられた行法です。もちろん、インドの人々が行うハタヨーガの行法、つまりアーサナや呼吸法には、あとで説明するような深い宇宙的な意味があります。インドにおいては、ハタヨーガは単に肉体の鍛練だけを目的として行われているわけではありません。
しかし、欧米からインドヘ修行に出かけた日々が注目したのは、アーサナや呼吸法にこめられた深い宇宙的な意味ではなく、そうした行法に従うことによって得られる目に見える効果でした。第一に、おもしろい。そしてこれが一番重要なことですが、アーサナや呼吸法を行うことによって身体が健康になっていきます。読者の皆さんも、そのうちに自分の身体で実感することになるでしょう。
いまから二十〜三十年前といえば、ベトナムをはじめ世界中のいたるところで戦火が起こり、近代文明の産物としてのさまざまな兵器が戦場に投入されて、無数のむこ無辜の人々がなすすべもなく死んでいく、そんな時代でした。心ある人々のなかには近代文明に対する深い疑問が芽生えはじめ、そうした人々が、何かを求めてインドヘと旅立っていったわけです。
しかし、元来、欧米の人々、つまりアングロサクソン系の人々ヽは、総体として強い経験主義的な傾向を持っています。世界の民族のなかではそのほかに中国の人々も経験主義的な傾向が強いと思いますが、いずれにしても経験主義的というのは、なにかをとりいれようという場合、目に見える効果があるかどうかが判断の基準になります。近代文明の価値観に代わる何かを求めてインドヘ渡ったはずのそれらの人々の目に映ったのは、アーサナや呼吸法によって身体が健康になる、目に見えるそうした効果でした。形にこめられた深い意味を度外視して、その身体的な効果だけがヨーガの目的として欧米の人々のあいだに広まっていったわけです。
もちろん、欧米の人々のあいだには、それを喜んで受け入れる素地がありました。近代文明は人間を重い労働から解放し、衣食住は昔とは比べものにならないほど質的に向上しています。しかし、身体を動かさず頭脳ばかりを働かせ、しかも過剰な栄養を摂取する偏った生活様式は、当然のことながら人間の身体にいろいうな病気を引き起こします。胃病、心臓病、高血圧、それに肩や腰の痛み……。サイコソマティックと呼ばれるこうした病気は身体と精神のアンバランスがもたらすものですが、ヨーガのアーサナや呼吸法はそれらの治療や改善に劇的な効果を顕します。
「ヨーガは身体の健康に良い」……。それがインドに古くから伝えられた行法だというエキゾチズムとも相まって、アーサナと呼吸法を中心に組み立てられたハタヨーガが欧米に広まっていきました。そしてそれは、無意味なベトナム戦争への抗議から出発したはずのヒッピーというアメリカの社会現象が、単なる若者の風俗として輸入されたのと同じように、ただの効果的な健康法として日本にも輸入されたわけです。
もちろん、身体を健康にすることがヨーガの目的からまったく外れているというわけではありません。ヨーガ本来の目的を達成するためには、身体を健康に保つことは大切な条件の一つです。
しかし、ヨーガの行法を行う者にとって、それはあくまでも一つの条件にすぎません。目指すべき目的はそのはるか先にあるということを、まず理解していただきたいと思います。
ヨーガ本来の行法とは
それでは、本来のヨーガの行法とはどのようなもので、ヨーガ本来の目的とは何でしょうか。
まず、ヨーガ本来の行法。これは今までの説明でおそらく見当がついたことと思いますが、決してアーサナや呼吸法に止まるものではありません。アーサナと呼吸法で心と身体の条件を整え、その後に瞑想を行います。つまり、身体の動きを中心としたハタヨーガと、瞑想を中心とした瞑想ヨーガはいってみれば車の両輪。行法がどちらに偏っても本来の目的に近づくことはできません。
読者の皆さんには、なぜかという疑問が起こるでしょう。話の現在の段階では、それは人間には心と身体があるからだというのが答えです。心と身体があるから、心だけを重視しても身体だけを重視しても、行法としては不完全なものになってしまう。そう理解してください。
実際のところ、アーサナや呼吸法を無視して瞑想だけを行えば心身のバランスを崩します。具体的な行法のなかでくわしく紹介しますが、これまでにも瞑想だけの行法にこだわった数多くの行者が短命に終わる結果を招いています。
人間はそのような形で、つまり与えられた寿命を全うすることなく死んではなりません。人間は何もないところから目的もなく生まれてくるのではなく、人として生まれて果たすべき役割と仕事を持っています。人間が人間としてこの世に生を受けることには、実は深い意味が隠されています。それを明らかにすることがこの本の目的でもあるのですが、いずれにしても人生の途中で死ぬことは、その仕事を中途半端で放棄することになる。決してあってはならないことだと心に銘じてください。
