健 康
*身体は魂の鏡*
たとえばESPの実験で、三角とか四角とが波とか丸とかいうカードを当てますね。 そういう丸や三角のイメージが浮かんできたところで答えを書く。 つまり意識の中にイメージが浮かび上がってきた時にそれを書くわけです。 ところが身体の方は、もっと早く、このカードは丸だというのが意識に上らない前に、「丸だ」ということをちやんと掴んでいる。そして意識に上ってきてそれから答えが出てきたその答えが、統計的な確率で見ると百回に一回しか起きないような答えが出てきたら、その時にESPの能力があったとみるわけです。
その時にその人の経絡の働きの状況をAMIで調べると、特定の経絡、つまりマニプラチャクラならマニプラチャクラと関係のある脾系とか胃系とかが、他の経絡よりもはるかに興奮している。たとえばESPの得点がノーマルなケースよりずっと低い場合にも、或る特別な経絡が他の経絡とは違った動き方をしている。 その事実が十年か二十年か前の実験から明らかになっていますが、ということは、身体は魂が受けとった或る情報が意識化される以前に、もうちやんと知っていて、それに反応しているということなのです。
つまり、今の身体を動かし、前生も今も未来もずっととおして動いているような魂の次元でキヤッチしている情報は、それが意識に上る前にもうちやんと身体の方がそれを直接につかまえていて、身体の方にその反応、影響が出ているわけです。
わかりましたか?だから、身体をもっと大事にしないと駄目ですよ。体質とか性格とかいうのは、前生もくるめて生き続けている自分の魂の鏡なのですからね。
だから今身体が悪いのは、それは前生をくるめてその魂にいろいろ問題があるわけですよ。 だから、自分が今こういう生活しかできないというのは、前生と現在をくるめたその魂の中にその原因があるわけです。
ですからまた、魂が成長して、神様とーつになれるほどに大きく高くなって、その魂が地球なり、あるいは日本なりを動かしている場合には、地球の上に或る大きな変化が起きるような時、あるいは日本に大きな災いが起きるような時には、その人の身体はやはり痛むのです。それは、個人の病気とは違うのです。 また一方、日本や世界でいろんな困難があっても、その人の祈り、その人の思いによって、必ず日本や世界が変わってくる。 そしてその人自身も、病気になっても、いろんなことが起きても、必ずそれが治るわけです。 それで死ぬ病気にはならない。そして日本なら日本、あるいはアメリカならアメリカを、或るところまでちゃんと動かしていく役目があったら、その役目が終わるまでは決して死にはしないのです。
くり返すけれども、身体というのは自分の魂の鏡のようなものだから、大事にしなければ。もうちょっと素直に、自分の心というよりも自分の魂とか身体とかを込めた自分という存在、自分の全体的な存在そのものの中へじっと意識を向けたら、自分がどういうものかというのが自然にわかってくるのです。自分の前生が何であるとか、そういうことも自然にわかるようになる。

玉光神社の機関紙「光の便り」第130号
1999年7月 本山 博先生 朝の講話
玉光神社「光の便り」